想ひのままに

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松の湯交流館コンサート 21th 無事終了!

  • 2021/03/26 10:35

松の湯交流館コンサート 21th 無事終了!

3/6(土)14:00~ 松の湯交流館でのコンサートのご報告をいたします。
こちらでのコンサートは何と21回目を迎えました。
かれこれ、あれから20日も経ってしまいました。遅くなって申し訳ありません。

今回も、コロナの影響で会場は、客席の間隔を1mほどあけ、最大約20名の設定で行いましたが、総勢25名と少しずつお客さんが増えてきた感じがしました。

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今回は「女性シンガー特集」と言うことで計画しましたが、さらに私にとっての「せつな歌」でもあることをもとに選曲させていただきました。

・約束(五輪真弓) ・ひとり上手(中島みゆき) ・百万本のバラ(久保田早紀)
・会いたい(沢田知可子) ・駅(竹内まりや) ・卒業写真(荒井由実)

今回も原野さんにゲストとして参加してもらい、彼の「それぞれのメロディ」という曲にサイドギターとコーラスをつけました。また、私の「青春の街~弘前~」と「悲しい星座~オリオンの冬~」にもリードギターとコーラスをつけてもらいました。

一人でアコギ一本の弾き語りもいいですが、二人でギター2本が絡み合ったり、コーラスで歌声に幅ができたりという世界もいいですね。

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今回は、懐かしいオリジナル曲も歌いました。

・桜(2013)  ・君へ(2014)  ・黒石物語(2019)

何と、もう7~8年も前の曲なのですね。年を取るはずです。
最近は、なかなかオリジナル曲ができません。とてもとても長いスランプですね。プロだったらとっくにクビですね。
アマチュアで良かったなあと思います。でも、そろそろオリジナル曲も作らないと…。

クライマックス、アンコールでは、いつも通りの
・22才の別れ ・心の旅 
で締めくくることができました。

今回もコロナの影響で、皆さんと大合唱することができずに残念でしたが、マスク越しに聞こえる歌声やシェーカーで参加していただき、手応えを感じることができました。

 

◆コンサート後の感想とリクエスト曲をご紹介します。

・アトムさんとコバルトさんのコラボがよかった。「ビリーバンバン、村下孝蔵の曲」
・アトムさんの味と声が良く出ていて良かった。「春一番」
・「津軽の旋律」木村繁編曲
・暗いと歌詞が見えないので、明るくしてほしい!「青春時代」
・のどかさが感じられる。「中島みゆき:糸、時代」「いちご白書をもう一度」
・「本田路津子さんの曲が聞いてみたい」
・曲を通して追い打ちの涙がこぼれない
・聞かせ曲より盛り上げ曲の方が好きです。「南こうせつ、コンサートツァー」
・「宗谷岬」
・日頃の心のもやもやが晴れてしまった。楽しかった。「君へ」
・ふわっとした気持ちがグー
・女性シンガー特集の今回の選曲はアトムさんの声に合っていて心地よく聞くことができました。山崎ハコ、絵夢、森田童子のせつな歌もなかなかいいですよ。いつか歌ってください。

 

自分で言うのも何ですが、温かくなり「声がでていた」という実感がありました。耳鼻科医の先生から「声帯は年齢で衰えないから、どんどん鍛えてください。」とのこと。

「せつな歌」が多いので盛り上げ曲というのがほとんどないので、今後皆さんで楽しめる曲も取り入れていきたいです。

これからも、リクエストにお応えしつつ、歌い続けたいと思います。

会場にいらしてくださった方々、松の湯交流館のスタッフの方々、サークルからお手伝いの齋藤さん、原野さんありがとうございました。

この会場はもともと銭湯を改修したもので、壁のタイルや体重計などに面影があります。
何と、浴槽も残っているんですよ。(右下のあたり)
また、黒石に係わるいろいろなおみやげも買えますのでぜひ皆さん遊びにお出でください!

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「退職日記 012」 3/1

  • 2021/03/02 15:14

「退職日記 012」 3/1

・定年退職後の4/1から約330日、4月から2月までのの11ヶ月が終わりました。3/3の桃の節句を迎えようとしている今、ようやく春がやってきたという感じです。日本列島を高気圧が覆い、移動性の気団が中国から訪れるようになってまいりました。

・コロナの影響は相変わらず続いているものの、非常事態宣言の一部地域の解除も菅首相から出されました。私の住んでいる青森は関係なかったのですね。と、のんびりしたことを言ってますが、この解除には反対の声が多いようです。 ワクチン接種も医療従事者から始まり、4月には65才以上の高齢者が始まります。ということで、明るい兆しが見えてきたのかなと少し安堵しているところです。

・2月は、外に出勤するなどの仕事に縛られることなく自由に過ごせました。でも、コンサートやワークショップなどは開催できませんでした。とてもそんな開放感も余裕もなかったですね。 何より、冬の寒さが厳しく、雪かきなんぞも昨年にくらべると除雪機の稼働が9回とそれなりにありました。

・また、WEBライターの仕事が3件ほど重なり、締め切りに終われたことも余裕のなかった原因と言えます。詳しい業務内容は守秘義務のため書けませんが、音楽関係、教育関係、塾関係と私にとっては縁のあるお仕事で有り難い限りです。ただし、報酬は微々たるもので、今月は2,704円です。

・また、ハンコも売れ始めて、先月から計7個を販売しました。ただし、件数としては3件で同じ人から2個や4個の注文があったためです。ただ、このハンコも注文の依頼が継続するものではなく、2月半ばに商品の発送を終えたところから、現在まで注文はありません。そのころ、調子に乗ってヤフオクで石材を買い集め2万円近い出費をしたので、売れ高約5,000円を軽く超えてしまいました。 世の中は厳しいのだということを実感しています。

・ということで、冬の厳しさ、ハンコ販売、WEBライターの仕事などがあり、締め切りに終われるという作家生活が始まった2月の「遊暮人」としての達成度はどうか?

★「遊」の達成度:3% (前月5%)

・やりたいことのNo1である「旅行」は、全く実行できませんでした。

・やりたいことのNo2はライブ、コンサートですが、こちらも全くできませんでした。

・やりたいことNo3の「YouTubeへの動画のアップ」は「ひとり上手」(中島みゆき)の1曲に留まりました。やはり、作家生活に追われ、ギターの練習もままならずなかなか前へ進みませんでした。

・ということで、達成率は前月の5%に対して、3%とさらに低い評価にしました。コロナに封じ込められており、WEBライター、篆刻作家として仕事をしていたことにより手も足も出ない感じでした。

・最終目標の、「弾き語り日本一周の旅」という夢は、ワクチン接種などにより、少し希望が湧いてきていますが、遠い遠い遙か彼方にあることは確かですねぇ。

・今年のモットーである「継続は力なり」も、念頭の決意がゆらぎ、締め切りに終われる日々に流されています。これじゃいけない!とは思っていますので、今後もう少し心に余裕を持ってできることを少しでもこつこつやっていこうと思っています。

★「暮」の達成度:20%(先月111%)目標200,000円、達成額41,472円。

・「暮」としての、カルチャーセンターでの講座を今月も何とかこなし、途中でお辞めになった方もいたため、今月はいつもより1,000円減で5,391円の報酬がいただけました。

・石材のハンコが6個売れ、5,408円ほどの利益がありました。(すごいですね!)

・セミナーを受講しながらやっているWEBライターの報酬はまだ今月は2,704円です。

・臨時講師としての未払い分が4,200円入り、卒業証書の揮毫料が5,000円。 その他、保険の還付金等が19,399円でした。

・今月の収入の総額は、41,472円。 目標額は200,000円。かなり大胆な目標です。今月は、20%と言う達成率です。微妙ですが、還付金などがなければ、10%でした。お金に関しても厳しい世の中ですね。

・来月からの収入は、カルチャー講師の報酬、WEBライターの報酬、ハンコの売り上げのみです。 どれも、安定しているとはとても言えません。WEBライターは仕事があれば引き受けて、すこし頑張ってみようと思いますが、険しいですね。

★「人」の達成度:10%(先月20%)

・これは、大きく、①社会への貢献、②家族への貢献、③自分の心や体の健康④人間としてのスキルアップを考えています。

・②について、家事の手伝いは皿洗いの他、除雪機を9回稼働させ無駄に広い(それほどでもないですが…)屋敷の雪かきができました。

・スキルアップに関する取り組みも、忙しさにかまけてほとんどできませんでした。だから、音楽的にも、篆刻的にも、書道的にもスキルは先月よりもさらに下がっているものと思われます。

◆総評

・体調はまずまずであったため、平和に過ごすことができました。なかなか依頼のなかったWEBライターの仕事が3件も入ったことと、ハンコ作成の依頼があったため作家活動に追われました。一時は、どうなることかと思われましたが、何事も「案ずるより産むが易し」で、少しコツを覚えると何とかなるもので、どうにか締めきりに間に合い、収入につながりました。

・今は、3/6の松の湯交流館ライブに向けた準備もあり、久々のコンサートに向けた練習もしなければならず、WEBライターの仕事との掛け持ちが課題です。

・こうしてみると、忙しいながらも「遊暮人」という自分が描いていた生活に一歩ずつ近づいているような気がします。 まあ、くどいようですが、「やらずに後悔するよりやって後悔した方が良い」のであって、チャンスを作るのも自分自身だし、チャンスを見つけて逃さないのも自分自身なのだと思います。(スミマセン、偉そうに…) やはりこの後も「3つのC」をいつも心に携えて…、今月もポジティブに生きたい!と思っています。

※「3つのC:チャンス、チャレンジ、チェンジ」

アコギ1本弾き語りシリーズ! 「雨は似合わない」をアップ!

  • 2021/02/26 10:30

アコギ1本弾き語りシリーズ! 「雨は似合わない」をアップ!

このシリーズ、「NSP」の「雨は似合わない」(1974)をアップします。

秋から冬の歌として、この曲に挑戦してアップしたのが10月27日であり、この記事を書いている4ヶ月も前のことになってしまいました。その間、心に引っかかってはいたものの、忙しさにかまけて(臨時講師の仕事やWEBライターの仕事など)今日に至ってしまい、恥ずかしい限りです。

さて、「NSP」と書きましたが、正しくは「N.S.P.」のようです。彼らは、岩手県の出身ですが、天野さんが一関市、中村さんが宮古市、平賀くんが花巻市だったのが、一関工業高等専門学校で出逢い同級生になったと言うことです。高専と言えば、なかなかに優秀な方々だったのだと思います。
彼らも、現在は67才となりましが、天野さんは52才という若さで亡くなっています。

「あせ」という曲でヤマハのポプコンでニッポン放送賞をもらい、「さようなら」(1973.6)でデビューしました。デビュー曲が「さようなら」というのもねらったのだと思われますが。その後、シングルで「あせ」(1973.10)「ひとりだちのすすめ」(1974.3)を出した後、「夕暮れ時はさびしそう」(1974.7)がオリコン1位になりました。そしてその次のシングルが「雨は似合わない」(1974.12)です。かなり初期の曲と言えます。

彼らの独特なメロディと叙情的な詞は主にリーダーの天野さんによるものですが、根強いファンが多く、私のコンサートでもしばしばリクエストされます。そう言えば、未だに彼らのような、やや土臭さのある少しメルヘン的?な曲調には出会えていない気がします。もちろん、彼らの曲を「せつな歌」とする人は多いでしょう。

【せつなsong度】5
青春時代の切ない思い出を歌った曲として、雪国の人間としてもせつな度はかなり高いですね。

【せつなmelody】4
全編を通した短調による「冬の風景の描写」と「回想している二人きりの世界と別れ」、淡々としたメロディが寂しさを倍増させています。

せつなword】4
少年時代の回想、二人で歩いた場面、現在の自分と場面が変わっていきます。どの場面も自分自身が経験したようなことと重なり、口にするのが恥ずかしいような「少年の日の甘酸っぱい感傷」ばかり。

「ちいさいときしかられたこと」
「きみがころべばいいなとネ」
「おでことおでこくっつけて またはなしがしたい」

とても、私なんぞは「歌詞」にはできないフレーズです。しかし、それがN.S.P.の大きな魅力と言えます。そして、サビだけを並べると、

「冬だから 雨は似合わない」
「冬だから 君を思い出す」
「冬だから 白と黒の町」
「冬だから さよなら思い出す」
「冬だから 君はもういない」

残酷な現実は少年にも容赦なく訪れるのでした。
「冬だから 雨は似合わない」と歌っていますが、「雨」ではなく「雪」が似合っているというのでしょうか?天野ワールドですね。

【せつなplay】3
ギターのプレイとしては、スリーフィンガーで淡々と流れていきます。サビも、それほどの抑揚はないのでスリーフィンガーで通しています。

【総評】
秋の終わりから冬にかけての風景を歌にしたという点でこの曲は確実に「せつな歌」と言えるでしょう。冬と言えば雪景色が定番ですが、冬の雨を題材にしたと言う点でもしみじみとしたせつなさが伝わります。

学生時代誰もが憧れたり経験したと思われる、女の子と一緒に過ごす時間や失恋の痛みの描写も懐かしさと共にせつなさを思い起こさせます。N.S.P.の独特な世界です。

【最後に】
遅ればせながら「雨は似合わない」を書きながら、やはり何と言っても自分の好きなことをするのはいいなあと思っています。(自己満足の極みですが…)
YouTubeへの動画アップも弾き語りブログのアップもままなりませんが、ライフワークとして続けていけたらと思っております。
それでは、次回もお楽しみに!

「退職日記 011」 2/1

  • 2021/02/01 11:10

「退職日記 011」 2/1

・定年退職後の4/1から約300日、4月から1月の10ヶ月が終わりまし。2/3の立春を迎えようとしている今、一時緩んだ冬型が厳しさを増し、日本列島を寒気が包み込んでいます。それでも確実に春は近づいてきているのでしょう。

・コロナの影響は相変わらず続いており、非常事態宣言も首都圏を中心に出され、その効果があまり見えないまま延期になるようですね。2月には、ワクチン接種も始まるとの情報でしたが、まだまだ我々に届く日は遠いようです。

・今月は、臨時講師として1/15まで学校に勤務しましたが、その後は再び自由の身となり何でもやれる環境に戻りました。1/18にはいつもライブをさせてもらっている弘前市障がい者生活支援センターからの依頼でライブ&篆刻ワークショップを行いました。約7人の参加者の方たちはそれぞれご自分のお名前のゴムと石のひらがな印を作りました。皆さん楽しそうに作業をしておられ、自分の作品に満足そうでした。

・それ以外に、ライブや旅行はできずに、その次の日に61才の誕生日を迎えました。あと何回誕生日を迎えられるのでしょう?

・その後は、胃カメラと大腸の検診を2週にわたり受けましたが、どちらも検診後の体調がよくなく、かなり苦しみました。検診結果は心配するようなことがなくホッとしていますが、まあ、人生っていろいろあるものですね。

・ということで、冬の厳しさ、コロナの猛威、教育現場の厳しさからの解放、健康診断などがありという、割と目まぐるしかった1月の「遊暮人」としての達成度はどうか?

★「遊」の達成度:5% (前月10%)
・やりたいことのNo1である「旅行」は、1/15以後の退職後もコロナの影響もあり全く実行できませんでした。

・やりたいことのNo2はライブ、コンサートですが、1/18に弘前市障がい者生活支援センターからの依頼でライブ&篆刻ワークショップを行いました。例によって、ワークショップの作業がメインとなるため、歌の方は5曲ほど歌えたものの、ライブにはほど遠いものでした。

・やりたいことNo3の「YouTubeへの動画のアップ」は「雨は似合わない」(NSP)の1曲に留まりました。アップしたいの候補曲はあるのですが、ギターの練習もままならずなかなか前へ進みませんでした。 

・ということで、達成率は前月の10%に対して、5%とさらに低い評価にしました。コロナに封じ込められており、外に出て仕事をしていたこともあってコンサートどころではなかったという感じででした。

・最終目標の、「弾き語り日本一周の旅」という夢は、さらに遠い遠い遙か彼方に遠ざかり続けています。でも、車中泊用のポータブル電源装置を購入したり、携帯用のトラベルギターを調べてみたりと準備は進めているところです。

・今年のモットーを再確認すると「継続は力なり」であり、小さいことの積み重ねを大切にするという気持ちは変わりません。新年の挨拶の中で公開した「今年の夢」の達成に向けてこつこつやっていこうと思っています。

★「暮」の達成度:111%(先月212%)目標20万、達成額222,320円。
・「暮」としての、カルチャーセンターでの講座を今月も何とかこなし、体験入学の方がいた分の料金も含めて、今月は8,000円ほどの報酬がいただけました。

・ついに消しゴムはんこが1個だけ売れ、600円の定価からメルカリの手数料が10%引かれ、さらに送料が120円なので420円の利益がありました。(微々たるものです…)

・セミナーを受講しながらやっているWEBライターの報酬が900円。篆刻ワークショップの講師料が5,000円、CDの売り上げが1,000円であり、副業?関係の合計が15,320円となりました。すごい!

・臨時講師としての給料は、1/15までの分がこの後収めなければならない国民健康保険分を差し引いて140,000円、税金の還付金が37,000円、医療費の補助が30,000円と予期せぬ額となりました。
ということで、給料関係が207,000円となりました。これもすごい!

・今月の収入の総額は、222,320円。
目標額は20万円。かなり大胆な目標ですが、今月は給料がもらえたので何とか達成することができました。

・来月からの安定した収入は、カルチャー講師の報酬のみなので険しい道は続きます。また、WEBセミナーの受講料はすでに10月に収めていますが、188,000円でした。へそくりから調達したものなので、このブログの収支には入れてません。さてさて、WEBライターの稼ぎで元が取れるでしょうか?

★「人」の達成度:20%(先月20%)
・これは、大きく、①社会への貢献、②家族への貢献、③自分の心や体の健康④人間としてのスキルアップを考えています。

・②について、家事の手伝いは皿洗いの他、除雪機を2回稼働させ無駄に広い(それほどでもないですが…)屋敷の雪かきができました。

・スキルアップに関する取り組みも、忙しさにかまけてほとんどできませんでした。だから、音楽的にも、篆刻的にも、書道的にもスキルはぐっと下がっているものと思われます。

◆総評
・体調はまずまずであったものの、前半は仕事に束縛され、後半は健康診断に縛られたりし、今一やりたいことができなかったなあと思っています。

・メルカリに出品して3ヶ月間全く売れなかったゴムはんこがついに売れました。値段は安いものですが、自分自身のオリジナル作品がお金になったことには感動しました。

・健康診断も胃カメラと大腸の検査と言うことで、結構苦しいものがあったり、検診後に嘔吐するなどで苦しみました。しかし、結果がよかったので安心しています。だからといって油断できないし、余命もそれほど長いとは思えません。残った時間を「やりたいことをやり尽くす人生にしたい」という思いは変わりません。だからといって、花火を打ち上げるのではなく、愚直でありながらも、目を輝かせながら、大好きな事をやり遂げる人でありたいなあと思っています。

やはりこの後も「3つのC」をいつも心に携えて…、今月もポジティブに生きたい!と思っています。

※「3つのC:チャンス、チャレンジ、チェンジ」

「松井と乗田のブログを発見!徹底レビューしてみました」

  • 2021/01/26 17:38

「松井と乗田のブログを発見!徹底レビューしてみました」

はじめに

「WEBライター」修業の身である私が見つけた「松井と乗田のブログ」である「年商1億円を稼ぐ経営者2人によるビジネス講義」をご紹介いたします。

 

松井と乗田のブログを発見しました

「在宅ワーク」に感心を持ち「WEBライター」のスクールに入り、少しずつその仕事を始めるようになり、遅ればせながら「WEBライター」についていろいろと調査をし始めました。順序が反対のようですが、私のスタートラインには「在宅ワーク」としての「WEBライター」という言葉すらなかったので調査のしようがありませんでした。

今回は、ネットでいろいろと調査しているうちに発見し、ついつい引き込まれてしまったブログをご紹介いたします。

「WEBライター」の他、ブログなど様々なビジネスで年商1億円を稼いでいるその稼ぎ方に興味のおありの方は(私自身も含めてですが)たくさんいらっしゃると思います。そのためのお役立ち情報が満載ですので是非ご覧いただきたいと思います。

 

二人の評判 良いの?悪いの?

タイトルの「松井と乗田」て何者?かについては、ブログ内のプロフィールをご覧いただきたいのですが、彼らのブログから実績をそのまま引用し紹介いたします。

松井氏
・明治大学政治経済学部卒
・ネットビジネス歴3年以上
・最高月収2400万円
・保険金が自分に9億9990万円かかっている
・デザイナーのコンサル生に少しアドバイスしたら、たった3日で30万円の売り上げが出る
・個人コンサル累計64人突破!
・法人コンサル経験あり・セールスコピーライターとして、実業で活躍
・法人案件を通して3日で216万円稼ぐ
・DRMの法人案件で契約金4000万の仕事を任される

乗田氏
・最低でも月収800万は安定して稼ぐ
・2ヶ月で400万の利益を出すサイト作成経験あり
・最高月商5000万(アフィリエイトとコンテンツ販売のみ)
・年齢は秘密
・LTV1万円以上にして、広告をかけまくるのが得意
・白金高輪の家賃50万のタワマンにひっそりと生息
・ライターを40人雇って、1ヶ月で100記事作成
・最高日給520万

ということで稼ぎ高は私の想像を遙かに超えています。また、その稼ぎ方も私の理解を遙かに超えています。しかし、確実に言えることは彼らのスタートラインはごく普通の平凡な会社員であり、漠然とお金をたくさん稼ぎたいという夢を持っていたということです。

ただし、彼らには人に言えない辛い悲惨な過去がありました。

松井さんは、アスペルガー症候群という発達障害を抱え、社会に馴染めなくて苦しんでいました。高校時代は、生きているだけで辛く孤独と劣等感の塊で人間関係が作れず挫折の連続だったそうです。大学生になっても、仕事がうまくできずバイトで4回クビになり、道路に飛び出して自殺しようと考えたそうです。そんな彼が気軽に始められそうな「パソコン1台でできる、ノーリスク、人間関係に縛られない」などといううたい文句につられ、興味を持ち「これで成功しなかったらもう思い残すことなく死のう…。」と始めたのがネットビジネスでした。

乗田さんはかつて働いていた企業がブラックで、尋常では考えられないことが会社の中で行われており、かなり精神的に参っていたと言うことです。そして、そんな今の会社に未来は無いと判断し、会社を辞め、副業として続けてきて一定の収益を上げていたメディア作成を始めとしたネットビジネスに本気で取り組むようになりました。

この時代、誰もが程度の差はあれ、何かしらの問題やハンディを抱えて苦しんでいます。しかし、多くの人はそれらの課題を克服できずに、それを諦めたりそれからできる限り逃れて生活しているのではないでしょうか。

しかし、彼らは現実に立ち向かうように歩き始めたのです。そして、そんな彼らが稼げるようになったのは、ある信念のもとに努力を続けてきたからとのことでした。それは、「成功者のやり方を再現する」というただひとつの方法だったそうです。「月収100万円程度なら、成功者の真似だけで余裕でできますよ」とのこと。

彼らの弟子となった方のお話では、「3年間の間稼げずにいたところ、知人の紹介で乗田さんと松井さんのことを知って、そこからすぐに弟子入りした」とのことで、理由を聞くと「すでに結果を出しているコンサル生がたくさんいたし、これまで教わってきた誰よりもハッキリと具体的に教えてくれたし、対応がものすごく丁寧だった」ということです。

実際、普段は穏やかな二人だそうですが、お弟子さんやコンサル生にはとても熱く指導され、「必ず稼がせたい」という思いが伝わってくるようです。そのため、添削とか返信はかなり綿密であり、レスポンスも早いと言うことでした。

彼らのたどった道は多くの人とは違い、苦労の中にも稼ぎ方のコツを見極めそれを確実にこなしていったということです。そして、さらに素晴らしいことはその稼ぎ方のコツを求める人に伝授しようとする誠実な姿勢です。

このような二人ですから、彼らに憧れ、弟子入りしたいと思う方が大勢いらっしゃるというのは、私が言うまでもありません。

 

まとめ

あるコンサル生からのメッセージです。
「今月の月収が126万円超えたのでその報告です」
この方は、9ヶ月かかってこの額にたどり着いたそうです。それまでは、コンサルに300万をつぎ込んで3,000円程度の稼ぎしか無かったそうです。そして、稼げた理由として、「ブログにおける自動化の視点、マーケティングの視点など教材のコンテンツの視点を何度も聞いています。」とのことでした。また、質問への迅速な回答や親身な応対に安心してセミナーを受けておられるとのことでした。

さらに、彼らはこのメッセージへの回答ととして次のように述べています。

ここまでこれたのは決してボクらの指導だけではなかったということ。ご本人の、途中で投げ出さずに信じて作業を続けてくれたことが成果につながったと言っています。
そして、結びでは「仕事ができない」ということと、「ネットビジネスで稼げるか」は関係ないと断言しています。

このような二人の謙虚さが、事実を冷静に見ることができ正しい判断ができることにつながっていると思います。いろいろと甘いうたい文句のコンサルがあふれている中、彼らについてもう少し詳しく調べてみたいという気持ちが湧いてきました。

もう少しブログを読み進めて、まとめてみますと、アスペルガーで大きなハンディと挫折感や対人関係で悩んでいた松井さんがしきりに語っている内容は以下に整理されます。

  1.ネットビジネスで稼ぐには特に優れた才能は必要がない
  2.インターネットの発達がこれまでのビジネスを変えて誰でも稼げるようになった
  3.ネットビジネスでは成功者の真似をすれば必ずある程度は稼げる
  4.自分を高める努力をすればさらに稼ぎを増やすことができる

それでは、具体的に何をすれば良いのかと言うことについては、ビジネス教材の購入を勧めています。ブログ、アフィリエイトなどから入る例も挙げていますが、いずれにしても、購入した教材をしっかりやり通すことが大切と述べています。

もちろん、教材の質の善し悪しはあるだろうが、と言うことです。だだし、今現在彼らは、セミナーの開催や教材の販売はしていないとのことです。しかし、その代わりLINE登録すると定期的にメルマガが届き有益な情報を与えてくれています。

ちなみに、私もLINE登録をして彼らの著書を無料でダウンロードし読ませていただきました。今後より具体的にネットビジネスについてアドバイスを受けることができそうです。ただし、個人にどれだけ対応してくれるのかは未知です。

今後、彼らのセミナーや教材販売の情報が入ることを期待したいものです。
おっと、これはもうすでに彼らの術中にはまっていることになるのでしょうか!?

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